#1 客の呼び込みから漫画家のインタビューへ、原稿用紙16枚と少しの文章の中に、成長の可能性を秘めた10人の登場人物と12の断片詰め込んで見切り発車する無駄に長い名前のついた物語の第一章。

物語は、語る者がいなければ。語られた物語には、耳を傾ける者がいなければ。さあ、喧騒のうちに、あるいは酩酊のすえに、この物語をはじめよう。四方八方、ちりぢりに、縦横無惨、あわれこの舌足らずな語り手たちが紡ごうとしている何ものか。なんの因果か立ち寄ったそこの奥さん、検索ワードで引っかかった失望顔のお兄さん、こんばんは先生、あなたは社長、貧乏文士の君も、あらゆる人を受け入れて、この未熟な語り部は呼び込みを。夜のネオン街。酔った客、連れの客、笑う客、すかす客、睨む客、無視する客、いい娘(こ)が入ってますよ、新人です、濡れ濡れのびちょびちょです。寄ってかない?社長、寄ってかない?イケメンがいるよ、おねえさん、遊んでいかない?やさしくするよ。稼いでいかない?損はさせないよ、どこよりも割りはいいんだよ。寄ってってよ色男。おネェちゃん暇そうだね、そこ、行かない?ねーねーおにーさん、今一人?おネエさんも独りぼっちなのよぉ、二人でチェックインしない?おねぇさん美人だね。お金んなるいい仕事あるよーん。ねえねえ、ねえねえ。ねえねえ、ねえねえ・・・・・・。
 はい、お客様二名様お通しー。どちらの子にしますか?こちらの子。こちらの子はスタイルもいいですし、そうですねえ、オススメですねえ。こちらの子。こちらの子もお嬢様系でオススメですねえ。こちらの子。こちらの子は清純派、正統派清純派です・・・・・・あ、こちらの子。こちらの子はロリ系です・・・・・・こちら、あ、こちらはお姉さま系で・・・・・・こちらはき・・・・・・あ、こちらの子はそうですね、あ・・・・・・こ・・・・・・あ、はい、こち・・・・・・え、あ、は?お帰りになられる。いえ、ちょ・・・・・・あ、・・・・・・はい、ありがとうございましたー、またのお越しを、次はいい子そろえときますからー。

   ♀

 あちらで音が鳴っている。なんの音かしら?静かで、ゆったりとした音。こちらは小鳥のさえずりのように、か細いけれど美しいわ。こちらではなにやら騒がしい音。何かを壊したがっているような音。こちらは言葉の洪水。リズムにのせて、言葉が溢れ出してくる。そこにもメロディーがあって、聴いている人たちは心地良さそうに身体を揺さぶっている。肉を揺らして、頭を揺らして。
 音に耳を澄ませなさい。
 たくさんの音。
 聞き分けられる?
 無理よね、そんなの。
 不協和音。
 この世はなんて音楽に向かない世界。
 それでも、それぞれの音はとてもきれいなのよ。
 音を組み合わせて曲を作り出せるアーティストは素敵よね。
 でも、そんな人は滅多にいない。
 たいていは音符の組み合わせや誰かのコピー、つぎはぎだらけのものでしかない。
 そんな中でも、奇跡的にわたしたちの鼓膜を越えて響いてくる音楽がある。
 そういう音楽を、わたしは好む。
 そういう音楽を、わたしは奏でる。(22-1)

   +

 どんな音楽でも、鳴ってさえいれば。
 どんな女でも、マ○コさえついていれば。
 どんな人生でも、神(だれか)が命を授けてさえいれば。
          ──ピンク映画(題名不明)の冒頭に引用された一節より。

   ♪

 読者(あなた)はこのウェブサイトを開いて、なんだこのふざけたページは、オナニーは寝てやれってんだ、お股かっ開いて腰振りやがって、赤っ恥白っ恥、公開するなよこのメロウ、ふざけるな、死ね、見るな、読もう、どういうやつが書いているんだろう、たぶんネクラでオクラな引きこーもり、ろくなヤツじゃないだろうか。

   !

 カタ、カタカタカタ・・・・・・カタカタカタカタ・・・・・・。

 ワン!(one?)

   §

「つまり、うまく終われる可能性は極めて低いってこと?」
「そうね。人生と同じようにね。ある25歳の青年は、朝起きてベーグルに大好きなイチゴのジャムをはさんで食べて、大好きなブログの記事をいくつか斜め読みして、陽が昇るとスターバックスに行って音楽を聴きながらキャラメルマキアートを飲んで、一人でカラオケに行って3時間ほど歌い通して、ああ、オレもついに念願のプロジェクトリーダーか、と思ったらカラオケの出口付近のエスカレーターで、走ってきた5歳の男の子に体当たりされて転げ落ち、頭を強く打って死んでしまったの。運悪く落下するには具合がいい感じに手すりが低くなったところがあって、助かりようがなかったみたい。思い出すに、朝食べたイチゴジャムみたいになったのね。キャラメルを飲んだ店の名前みたいに、星になったのね。自分のために棺桶で葬送の歌を奏でたのよ。あとから振り返ると意味深いけれど、意味なんてどうにでもなるし、いや、とにかく、ここで言いたいことは、彼はプロジェクトリーダーになりたいと思っていたけれど、もっと大きな野望もあったってこと。それが彼にとってのゴールよね。でも、そこまで行くことなしに、突然終わってしまうこともあるってことなのよ。」(19&20-1)

   †

 大いに感想や批評をコメント欄に書き殴ってくれたらと思う。ご存知、私がやりたいのは自己満足とちょっとした問題提起──いや、そんなに大それたものではない、ささやかな疑問提起くらい、しかもあなたがたのような人ならとうの昔に気づいているような手垢のついたもの──であって、自分の地位を押し上げたり、ここにいる「私」を神格化しようとしたり、才能の誇示をしたり(はん、そんなものあるならこんなところに小説なんて書かないね)、我が思想と言の葉の力に屈せよ愚民たちよでもなければ、アカデミックな文学談義でもない。
 老衰重ねていくばくか経ち、ここに代わりに書いてくれる者もいるわけだし、ちょっと暇つぶしにいくつかの物語を語ってみようかと思い立った程度のことである。
 奇人またへんなことをはじめたぞ、というような「目」で見ていただいたら幸いである。
 そうして、その「目」で見たあとには何かを書き殴っていってくれたらと思う。その、あなたの書き殴っていった言葉でさえも、この小説に彩りを加えるらしい。
 死にゆく私の枕元に、そっとそんな暴力的な言葉の花を捧げていってはくれまいか。(7-1)

   ◎

「寝苦しい夏が過ぎて、やっとこさ気分良く眠れる秋がきた。と思ったら、このガキ、0時回ってずいぶんたっても寝つきやしねえ。へこへこした腹をぽんぽんしてやってるのに、目は天井じっと、時々きょろきょろ、なんだそれは寝てないよっていうアピールか。
 生憎おまえのかーちゃんは夜勤でいねーんだ。言われた通りの食事と排便はやっただろうが。おまえもこんだけデカくなったし、そろそろケツはてめえで拭いてもらいたい。もんだが、なんせ言葉をちっとも覚えられねえもんな。叱りようがないんだ。無理もないよな。でも仕方ない。おまえはオレが今生(こんじょう)それ以上ないってくらい飲みまくって吐いて戻してそれを啜って、そんでもってそれを介抱しに来たかーちゃんと便所でできた子どもだからな。でも意気がるなよ。だからっておまえはそんなにすげえやつじゃないんだ。便所で生まれた悲劇の子どもは天才だったりするって思うだろう?そうじゃねえんだ。可哀相に。このまま遅れたまんまかもしんねえ。天才だったら、それはそれで悲劇だぜ。オレは地の果てまでおまえのすねにむしゃぶりつくぜ。おまえのかーちゃんはあんまり魅力的な女じゃないよな。あんだけ酒を喰らわなかったらたぶんヤッちゃいねえよ。でもな。オレには計算があったんだ。あ、オレはこの女と結婚するなって、人生始めてそう思ったんだよ。だからあんなに酒喰らったんだよ。でよ、なんか知んねえがうまくいったんだよ。あれは真面目なところがあるがな、真面目すぎるとどっかに穴ぼこができんだよ。そこにオレみたいな根性なしのトんがったのがネジ込む余地があったのよ。クズにも愛着がわく場合もあるのよ。悲観するなよ。人生はとてつもねえんだ。天才だろうが天才じゃなかろうが、面白いことはたんとあんだ。悲観するな。そうか、聞きたいか。じゃあ話してやろう。どうせおまえはいつまでたっても眠らないんだろう?」
 息子を前に、父親が語る。
 でたらめな男の、でたらめな話。
 今日も少し、お酒の匂いがする。
 それでも彼は、重要な語り部の一人なのだから、仕方がない。(16&17-1)

   ♂

 だまされるな!

   ▽

「好きな作家?そうですねえ。グレアム・スウィフト、トマス・ピンチョン、ジョン・マクレガーあたりですかねえ。え?どのへんがって?それに答えるのは無理だなあ。いやいや、だって読んでいませんもん。え?作家なんて、別に作品を読まなきゃわからないもんじゃないでしょう。まわりの人がいいって言ってんだから、いいんでしょうよ。まわりの人?うちの弟なんですがね。」

   ※

 私は物事に理由をつけたり分類わけをすることはあまり好きではない。そんなことはどうでもいい。
 頭では説明のつかないようなものに魅力を感じる。
 自分のことはたまに嫌いだけど人間は好きだ。人間は面白い。
 何事においても別に美しくなくていいと思う。
 醜い感情でも、もう一つ外側に自分を置いたらとても素敵に見える。(22-2)

   ☆

「デビュー当時の僕は、一度自分の方法論をすべてぶちまけておきたかった。そう思ってこれを描いてました。『おまえの代わりになる歯車はごまんといるんだよ』と、当時の編集者は言いました。『出し惜しみするな。そこまでの器じゃない。ぎりぎりのところで千々に乱れながら、満身創痍で次の漫画を描け。』今思えば、あれが僕の成功を決定づけてくれた、運命的な一言でしたね。」
 漫画家は、自宅近くのカフェでそんなことを語ってくれた。
 彼は、手塚治虫の『人間ども集まれ!』という漫画を読んだことがあるか、と聞いてきた。不勉強ながら知らない、と私が答えると、彼は簡単に説明してくれた。
「手塚治虫はその漫画を大人向けの週間漫画雑誌に連載しました。彼は従来の子ども向けのタッチから脱出したがっていた。それで、この漫画の中でセックスの問題に取り組みながら、大人のタッチを模索しました。芸術家とは常に自分の殻を破ることを考えて生活するものです。人間とは本来そういうもので、社会も従って本来そういうものですが、時々停滞してしまいますね。そのためには誰かが莫大なエネルギーをかけて抑える必要がある。子どもを家から逃がさない親のように。それがうまくいく場合もあるけど、大抵、遅かれ早かれ、子どもは家を出ていくものです。手塚治虫はそれがきちんとした形になっていてもかまいはしませんでした。あの超多忙の中でも、連載が単行本になるときには大きな加筆訂正を加えました。ラストまでも、容赦なく。
 今ある自分なんてはかないものです。でも、多くの人々は安楽を求めて狭い解釈の中に閉じこもろうとします。
 昔、ゴダールがロッセリーニの映画について、こう言ったそうです。『シーンというのはショットの積み重ねであり、それによってつくり出された"流れ"のことだ。大事なのはその"流れ"であって、一つひとつのショットの切り味ではない。』って。だから、思いついたものには片端から形を与えて吐き出してやらなきゃならない。映画のシーンは漫画の一コマ、あるいは1ページくらいかもしれない。ともかく、奇抜なコマや見開きがあったところで、その漫画は傑作になるわけじゃありません。だから、確かに僕は技巧をこらす漫画家かもしれないけれど、そこにとらわれてちゃいけないんだ。僕の漫画を「盗作」する人間が多いようだけれど、別に構いやしない。どんどんやってくれ、という感じなんです、本当に。剽窃(ひょうせつ)される、模倣される、真似されるからには、それなりの正しいフォーマットを僕が提示できたということなんだろうから。ほんと、どんどんやってくれ(笑)。むしろ、そうやって語り継がれていくような、伝染していくような魅力それ自体に、僕は興味がある。でも、iPodが便利だからってそれが流布したところで、中の音楽がちゃんと鳴っていないとあんなに売れないですよ。核戦争ですべてが焼き払われたあとにクーペを買うようなものだ。あ、なんでその人は生き残ってるんでしょうね。生き残るくらいのなんかすごい人なら、荒廃した大地をクーペで走っても様になるかもしれない(笑)
 まあ冗談はそのくらいにして、漫画の次のコマに描くべきことは、事前に用意されたものではなくて、漫画の"運動"によって決まるんです。この、描いてる僕と、描かれつつある作品の力関係の逆転は、漫画を描くときに絶対に忘れてはならないことなんです。」(1-1)


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2007年10月08日 | Comment(7) | TrackBack(3)

#2-1 about青井優子

彼女はいつものあれで大型古本チェーン店の自動ドアをくぐる。それから、優に2時間以上、映画がひとつぶん楽しめるくらいの間、店の中を散策する。店の中には休日につきもののあれで、少女、おやじ、大学生、制服姿の高校生などが立ち読みを敢行している。その間を縫いながら、彼女は時折本を手に取り、戻し、時折本を手に取り、自分の手元に残していく。そうして2時間が経つ頃には、彼女の腕には30冊近くの本が積み上がる。
 彼女はそれらをレジに持ってくる。レジでは店員が元気のいいあれで迎える。彼女は、裏返され、値札を読み取られる本たちを眺めている。ふとよぎるのは自分の財布事情についてだが、他のどの娯楽よりも、本を買うことは、彼女にとって金銭効率がいい。レジの機械にお代が表示され、彼女は古ぼけたビニル製の赤い星柄の財布を取り出し──彼女はその財布を5年以上持ち続けている。物持ちがいい女性である──、何枚かのお札を出して支払いを行う。彼女が受け取る黄色いビニルに入れられた書物はかなり大きく、その重みで彼女の指に食い込む。彼女はそれを携えて、愛車ダイハツのミラに乗り込む。長いこと、助手席に誰かを乗せたことはない。そこにバッグを置き、足元に本を置く。彼女の運転技術はあれである。狭い駐車場もすいすいとこなし、彼女は店を去っていく。寄り道したとしても、いつもの喫茶店「4CATS」である。急ぐことはあるまい。
 彼女がこの後どこへ向かうのか、我々は把握している。それを追う前に、彼女が買った本から、彼女について何か語ることができるだろうか?
 試みてみよう。
 幸い、ここに、彼女が買った本のあれがある。それをもとに、彼女について語ってみよう。

 まず、彼女がなぜ『良心の自由と子どもたち』と『ゆとり教育から個性浪費社会へ』と、『子どもたちはなぜキレるのか』を購入したかについては、現在彼女が英語塾で講師として働いていることから、想像に難くない。しかも、彼女がただふたつ持っている免許状──普通車運転免許状と中学・高等学校一種教員免許状──を知っていれば、言わずもがなであろう。英語塾は中型のもので、市内に3つの教場を持っている。彼女は大学時代からそこで様々な業務に携わってきた。簡単な事務処理、教材作成、アシスタント・ティーチャー。そして、そう時を待たず、彼女はその中型英語塾で教えはじめた。彼女の授業はあれではなかったが、不評でもなかった。ただ塾へ来て時間を潰す必要があった子どもたちにとってはちょうどいいあれだった。ほんの一握りの子どもたちは、彼女の授業を受けることで、少しだけ、成績を上げた。そのことで彼女は少なからず感謝された。
 彼女は大学に通いながらそうして教え、教育関係の講義を受け、教育実習に行き、教員採用試験を受けるかどうかを悩み続けた。結局、彼女は教員採用試験を受けなかった。どうしようどうしようと思いながら25回ほど──ちなみにこの回数は、実際に過ぎた日数よりも少ない──寝て起きたら、申し込み期日が過ぎていただけのことだ。
 ということで、彼女はそのまま、中型の英語塾で講師を続けている。
 そのときのあれからだろうか。『決断力』などという本を買ったのは。
 そして、彼女は今も迷っているのだろう。企業で働くのか、それとも公務員となって教えるのか。私立で教えるという手もあるが・・・・・・。そんな彼女の迷いは、『ドキュメント「超」サラリーマン』を読んで、何か得るところがあるのだろうか?

 彼女は『ザ・スタンド』の1巻から4巻を持ってはいない。なのに、なぜスティーブン・キングの『ザ・スタンド5』を買ったのかは、おそらく数ヶ月前にオンライン書店Aで買ったキングの『小説作法』が答えだろう。キングは『小説作法』の中で、大胆に『ザ・スタンド』についての製作秘話を語っている。『ザ・スタンド』の第5巻、というかあらゆる翻訳物の最終巻末には、訳者のあれが付されているもので、そこではやはり、『小説作法』について触れているのだった。
 彼女が密かにあれを目指していることについて、知っている人はそう多くはいない。
 その厄介な夢想と、彼女の友人が多くないことは深いあれがありそうである。
 彼女は書き始めるとなりふりかまっていられないタイプである。
 本格的に書くモードになってしまうと、一切の外界との接触を断ちたくなるのである。
 彼女は大学時代にさまざまな嘘を作り、執筆のための時間をあれした。
 彼女の教育実習は小学校から高校までそれぞれ通ったために実際の3倍の時間が必要だったし──少なくとも中・高の免許しかもたない彼女が小学校に行く必要はないし、中・高両方の免許を取るにしても中学校ひとつ実習に行っておけば十分である──、介護体験は場所が地元に変更となり、さらに5倍の期間が必要だった。親戚が定期的に死に、そのたびに誰かが心労で倒れ、彼女はそのたび実家に戻った。水道破裂騒ぎは実際にあったことだが、その後始末に本当に2週間もかかったのかどうか。
 ともかく彼女はそうして嘘をつきまくり、一人になれる時間を作り出してはものを書いた。そのうちのいくつかは新人賞を取り損ねた、といえるくらいのところまでは昇っていった。けれど、それだけだった。

 けれどこれらのことは、大学時代までのこと。
 教員採用試験を見逃し卒業し、塾の講師にとどまってからは、きちんと社会的なことには参加しようと考えている。
 塾長に「教員採用試験には落ちた」と言ったとき、めずらしく胸が痛んだ。自分はほんとうは、教師になりたかったのかもしれない、と彼女は感じた。同時に様々なことを混乱のように思ったようだ。嘘をつくことについてもそうだし、自分が書いてきたものに何のあれもなかったとしたら今の私はどこに依って立っているのだろう、というようなことなどを。そしてそれらの思考の軌跡はすべて雑然とブログにぶちまけてある。彼女はそれを書き、過去(ログ)に沈め、まだ整理はついていない。
 ずっと水をやっていなかった植物が花を咲かせないように、彼女の社交術は足りないことだらけで、打ち解けあえるあれも周囲にはいなかった。
 彼女は嘘をつくことを悪いことだと思っていなかったわけだ。フィクションは最良の現実で、それを否定するところにこの世がある、それがノン・フィクションだ、というようなことをあれの時にはよく口走った。
 男のための化粧や異性との酒の飲み方やつきあい方なども、知らなかった。
 だから、彼女が『人は見た目が9割』や、『悪の対話術』や『コミュニケーション力』や『会話を楽しむ』『<対話>のない社会』『これをダジャレで言えますか?』といった本を買い漁ってもなんら不思議はない。
 むしろそのあれが出てきた分だけよしとしよう。

 彼女が今好んで読んでいるのは海外文学である。『ヴァインランド』や『奇跡も語るものがいなければ』『ナンバー9ドリーム』などは楽しむために買ったのだろうし、『サリンジャーをつかまえて』も、そのあれで買ったものだろう。
 『翻訳家の仕事』は、村上春樹の影響であろうか。彼女はこの頃、集中的に村上春樹の翻訳したものを読んでいる。今日、彼女が『ワールズ・エンド』を買って帰らなかったのは、財布事情からか、それとも既に読んだことがあったのか?(しかし、彼女は蔵書派のはずである。)ただ単に見落としただけだろうか。

 彼女は魚喃キリコと内田春菊のあれを好んで読むようである。なので、『あなたの世間体』や『仔猫のスープ』、『南瓜とマヨネーズ』は、まだ読んでいなかったものなのだろう。体験のなさゆえに身につまされるようなことは少ないが、その読書体験が彼女にとってはかけがえのないあれとなっている。しかし、実際にあれすることと比べれば・・・・・・。
 読書とは、いかに無益な行為なのだろうか。
 そんな彼女が小説家になろうとしていることなど、これをお読みのあなたには信じられないことだろう。
 無益な行為のために、彼女に何が書けるというのか。
 まずは彼女の私生活から改めなければならないだろうが、彼女にそんなアドバイスをしてくれる者は、まだ、あれしていない。
 彼女は今日も、『経験を盗め』などという本を買って帰る。

 『私はヒロシマ、ナガサキに原爆を投下した』を買ったのは、昔書いた彼女の小説の中に、原爆について扱おうとした身の程知らずのものがあったからだろう。まだ引きずっているのだ。
 『現代たばこ戦争』についても同じことだ。昔書いた小説の取材を、今ごろになってやっているのだ。
 そんな後付けの取材に嫌気が差してきているのだろうか?『取材学』などという本を手に取ったのは。それで何かが変わるといいのだが。しかし、私にはわからない。物語は必ずしもノン・フィクションからのみやってくるものだろうか?
 『物語フィリピンの歴史』と、『物語アイルランドの歴史』からは、何を学び取るつもりだろう?歴史という物語を感じようというのだろうか?あれの歴史もろくに学ばずに?
 『ロボット入門』、これについては、この頃彼女が構想している小説の参考文献かと思われる。彼女の頭の中までは、さすがの私も覗けない。彼女は何度も自分のつむぎだすくず文字に嫌悪をしめしているが、そのたび新しい文字を生み出している。だからブログは定期的にあれされる。小説のネタも生れることを止まってはいないようだ。
 『iPhone衝撃のビジネスモデル』については、彼女があれのファンだということから説明がつく。彼女の愛用しているのはiBookG4で、そろそろ新しいMacBookに新調しようかどうか、考えている。ちょうど新しいOSも出る頃だ。
 彼女の愛用iPodは2GBのnanoで、あと3年はもちそうだ。彼女の携帯電話会社aが、iPhoneを採用することがあるのだろうか?

 彼女の名前は、青井優子。
 ある有名女優と似通った名前をもつ。(一文字、目の上のたん子ぶになっているが。そして、そのことがなければ、彼女と私の出会いもなかったであろう。)
 けれども彼女は彼女として、生きていく。
 そうだ。そうでなければ。(2-1or25-1)

   ***

 私の名前は、青井優子。
 ある有名女優と似通った名前をもつ。
 誰の名前がどうであれ、私は私として、生きていく。
 その通り。そうでなければ。
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2007年10月24日 | Comment(5) | TrackBack(1)

#2-2 about青井優子2

FMラジオ252.5MHz。天気予報のあと、いつもの番組がはじまる。休日のヒットチャート。中高生たちがハガキやメールでリクエストを寄せる。リクエストが多いもの、メッセージに光るものがあれば、リクエストは採用され、歌がラジオから流れるわけだ。誰の歌だ?ラジオの前で聞き耳をたてている人物がいる。窓の外は休日の秋の空で、人々が襟首を立て、寒そうに目を細めながら歩いている。


 あれ、あれ、あれれれ、あれっ?!
 あれ、あれ、あれれれ、あれぇっ?!
 そろそろそぞろ ママは手荒れの季節
 娘はモアレで 座れあれとれ去れアわレ
 天気はそろそろ荒れ模様
 あれ、あれ、あれれれ、あれっ?!
 あれ、あれ、あれれれ、あれぇっ?!あれぇっ?!あれぇっ?!あれぇっ?!あれぇっ?!

 あれぇっ?!

 あれぇっ?!

 あれぇっ?!

 あれぇっ?!
   (Rainbow5『変な挿入歌』より)


 老衰いくばくか経ち、暇つぶしにいくつかの物語を語ってみようと思った程度のことである。
 まさか、この世界がこんなにも不思議で、意味がわからない場所だとは知らなかった。
 複雑で、とらえどころがなくて、まだまだまだまだ彼方へ端が見えない無限の際限ない世界、そんな言葉で言ってみたって、やっぱり語ろうとしたときに立ちすくむ、この不安や憎悪、そして希望は、今までになかったものだ。
 死にゆく私の枕元に、「Rainbow5」というアーティストが届けた歌は、そんな歌だった。(7-2)

   †

 いつか歌ってみたいんだ。
 人の人生を変えちゃうような、影響しちゃうような歌。
 その歌に触れたらやけどしちゃうようなカンカクを沸騰させるような。
 もちろん、現実にはそれは難しいこと。
 日常生活にどっぷり浸かっている人のカンカクを揺さぶるのは、ちょっとやそっとでできることじゃない。
 人の心を動かすことは難しい。みんなの心を動かすのも難しい。
 だけど、たった一人の心だとしても、動くことを求めて歌を作る。歌を歌う。
 怖いけどね!(雑誌On-goku-07年11月号『新生Rainbow5、新たなメンバーに迫る!』より)(22-3)

   ♪

2007年1月17日
「ブログ、はじまりました!」 テーマ:日記 posted by B&M
 ブログをはじめてみました。
 高校の頃にはじめたホームページよりも簡単だ。
 そのホームページ時代の熱心な読者たちもいる。
 現実のつき合いよりは、こちらのほうが、ラクだ。
 笑顔でいることは、できる。でも、私は現実の人たちを前にすると、言葉が、出てこなくなる。
 文章に書くのならできる。他人のホームページに書き込みをするときなどは本当にどきどきする。
 昔書いた未熟な小説たち。ホームページの奥底で眠っている。


   ・
   ・
   ・

2007年7月8日
「躁鬱」 テーマ:日記 posted by B&M
 この頃気分の浮き沈みが激しい。
 根本的に生活を入れ替えなければ、製作には取り掛かれないか。
 どうすれば作れるのだろう?
 仕事をはじめてまだ数ヶ月。
 慣れていかなければ?
 仕事をしながら作ってはいかれないのか・・・
 学生時代にそんなシステム、作れなかったぞ!


   ・
   ・
   ・

2007年10月14日
「買った本について」 テーマ:読書 posted by B&M
 ブックオフに行って来ました!
 あそこの店員さんは、いっつも声をはりあげていて、えらいなー、と思います。

今日買った本のリスト:
『良心の自由と子どもたち』
『ゆとり教育から個性浪費社会へ』
『子どもたちはなぜキレるのか』(このあたりはお決まりの教育関係)
『決断力』
『ドキュメント「超」サラリーマン』
『ザ・スタンド5』(キングの『小説作法』に載っていた本を発見!!)
『人は見た目が9割』
『悪の対話術』
『コミュニケーション力』
『会話を楽しむ』
『<対話>のない社会』
『これをダジャレで言えますか?』(わたしは口下手なの。勉強、勉強。)
『ヴァインランド』(安かったのでついに!)
『奇跡も語るものがいなければ』(はじめの数ページでベタ惚れ!)
『ナンバー9ドリーム』(村上春樹の影響を受けた作家なんですって。)
『サリンジャーをつかまえて』
『翻訳家の仕事』
『あなたの世間体』(なんで100円なの?買います、買います!)
『仔猫のスープ』(表題作だけは立ち読みしました。)
『南瓜とマヨネーズ』(なにこのタイトル。)
『経験を盗め』
『私はヒロシマ、ナガサキに原爆を投下した』
『現代たばこ戦争』
『取材学』
『物語フィリピンの歴史』
『物語アイルランドの歴史』
『ロボット入門』
『iPhone衝撃のビジネスモデル』(あれ、すごいわよね!早くどこか採用してくれないかしら。)

『ワールズ・エンド』もあったんだけど、結局買いませんでした。だって、もうすぐ文庫で出そうなんだもん。

 いつもながら、大量に買い込みました。
 いくつかは期待通りで、
 いくつかは期待していたのとは別のことをもたらしてくれるはずです。(でも、何かしら新しいことは得られるもので。)
 本当に、愚にもつかないダメな本はなかなか出会えません。
 本当に素晴らしい、お墓に持って行きたいような本と出会うのと同じくらいの確率。

 今日はいつもの喫茶店には行かなかった。
 どこへ行っていたかは・・・秘密です(笑)
(2-2)

   ◆

 彼女のハンドルネームがなぜB&Mというかということについて、知っている人はそう多くはいない。
 それは、彼女の本名、「青井優子」に由来するものだから、彼女はウェブ上でそれについて深くは語らない。
 B&M=Blue&Mild。
 青く、そして優しい。(25-2)

   ▽

2007年11月11日
「『恋空』」 テーマ:映画 posted by B&M
 久々に映画館に行って、映画を観た。『恋空』。
 小説も話題になっていたし、Mステで見た桜井さんの『旅立ちの唄』がよかったのもあって。
 あの、桜井さんが手の平を押し出しながら歌うところ。
 グッときました。

 映画館は中学生くらいの女の子たちが多くて、それに混じって高校生の男の子集団がわいわいやってたりしました。
 でも、映画がはじまるとしーんとなって、中盤にさしかかるとしくしく、としゃくりあげる声が聞こえてきたりして。
 わたしは白鳥のシーンかな。やっぱりあそこは大泣きしてしまった。
 今でもこれを書きながら、思い出すと、目がうるうるとなってしまいます。
 なんであんなにあたたかいシーンが作れたのだろう。

 昔書いた『手首の中の』という小説を思い出しました。
 大学の頃の小説です。
 あの頃はそういうことを考えていた。
 弱かった。
 今は大丈夫です。
(ところでこの頃はPDFという形で綺麗にレイアウトしてダウンロードできたりするみたいです。やっぱりどうしてもhtmlだと難しいところも、こだわれるらしい。いいなぁ。)

 新垣結衣さんはすごく演技がうまいですね。
 声がちょっと弱々しいですが、そこがまたこの映画にマッチしていました。
 相手役の男の子はドラマ『14歳の母』の男の子でした。

 どちらも主人公が妊娠します。
 少子化だから、妊娠ってすごく大切なことだと思う。
 わたしもいつか、子どもを産むんだろうか。
 そんな器がこのお腹にあるのだろうか?


   ・
   ・
   ・

2007年11月12日
「『手首の中の』PDF版!」 テーマ:創作 posted by B&M
 昨日PDFについて書いたら、おコメさんが協力してくださり、きれいなPDFファイルにすることができました!

 『手首の中の』PDF版(575KB)
 (そのままクリックすると見れないようです。ダウンロードしてプレビューで開くと見れると思います。)

 今のマックOSでもPDF化はできるらしく、でも詳細情報のところで個人情報が見えてしまうらしいです。
 それで、おコメさんのLeopardとメールでやりとりして、見事安全なPDFファイルにしていただきました。
 おコメさん、ありがとうございました!
 わたしもお金を貯めて、新しいMacBookを買うぞー。おー。


   ・
   ・
   ・

2007年11月16日
「『HOME Tour 2007』DVD」 テーマ:音楽 posted by B&M
 か、か、買ってしまった。
 そんなに余裕はない。
 けれど、買ってしまった。
 3日間、迷って迷って迷って手に入れた。
 しばらく耽溺します。
 ぶくぶくぶく・・・。
(2-3)
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2007年11月25日 | Comment(0) | TrackBack(0)

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